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2006年12月

しばらく留守にします

あと約1時間後に家を出ます。道中読む本(文庫本3冊+読みかけのイタリア語のハードカバー1冊)を機内持ち込み用のバッグに入れたら、重い……。出かける前からへこみそうです。DVDレコーダーが壊れてしまって、元旦放映予定の「相棒」スペシャルが録画できないのは、本当に残念!
2日の夜に戻ります(帰国翌日に初詣に行き、その翌々日から出勤する予定)。みなさま、よいお年を! 来年はもう少し明るい報告ができるよう、前向きに暮らします。

きら星の行方

 日付が前後してしまいますが、先週の土曜日、次女Yのピアノ教室のクリスマスコンサートがありました。Yは2曲弾く予定で、その2日前のレッスンでは先生から「完璧!」と太鼓判をもらっていました。ところが当日、風邪で具合が悪くなり、会場には行ったものの、とても弾けるような状態ではなく、前半が終了したところで弾かずに帰りました。誰よりも本人が一番残念だったと思います。体調のほうは、ポカリスエットを飲んで、午後ずっと寝ていたら、回復しました。
 クリスマスコンサートは、夏の発表会ほどはモチベーションが上がらないのか、ほとんどの子は今ひとつ(以上)の仕上がり。そんな中、毎回素晴らしい演奏を披露してくれる中1と小4の姉妹の演奏は今回も素晴らしく、妹さんの独奏、姉妹の連弾ともに、次元の違いを感じました。
 先生にとって輝ける星と思われるこの姉妹も、音大に進学できるレベルなのか(そもそも、その気があるのかどうか)はわからないし、音大に進学したところで、千秋さまに「下手くそ!」「ど下手!」となじられるかもしれない、千秋さまをうならせるような演奏をしたからといって、プロの演奏家として成功するかどうかはわからない……。
 というようなことを、昨日、「のだめ」の最終回を見ながら考えました。

 私も「のだめ」の影響を受けて、先日、久しぶりにピアノに向かってみました。「楽譜をきちんと読み込んで弾こう!」と決意したものの、私の手は小さく、指も短く……。ドイツ人の作った曲は、私の手には弾けないのでした。むなしい……。

「前へ前へ」の3か条

 12月24日付読売新聞日曜版に掲載されていた、アルピニスト野口健さんの〈「前へ前へ」の3か条〉を読みました。

(1) 先に宣言する
(2) 腹をくくる
(3) 迷ったときは原点に返る

 自分が何をやりたいのか、何ができるのか、どこへ向かっているのか、よくわからない状態になってしまっている今、特に(3)に感銘を受けました。「がんばって走っていると、どこへ向かっているのか見失うことがある。そういう時は原点に返る。次につながるのであれば、それは逃げではないと思う。」とのこと。
 今、原点に返るような気持ちで、今まで取りこぼしていたことをやり直したりしています。この先どうなるのかはまだよくわからないけれど、今のこの状態は逃げではないという言葉に、少し元気づけられました。

トロイア戦争――アキレウスのこと

 今『イリアス 上』を読んでいます。1年半くらい前、「どれでも欲しい本を(ただし価格範囲あり)」というありがたい申し出をいただいて、注文した本。今ごろ読み始めました。当時通っていたイタリア語学校の授業のテキストのひとつがギリシャ神話(Lucilla Burn著、"Greek Myths" のイタリア語訳)でした。阿刀田高の『ギリシア神話を知っていますか』(新潮文庫)や『私のギリシャ神話』(集英社文庫)、石井桃子編・訳の『ギリシア神話』(のら書店)、呉茂一『ギリシア神話 』(新潮文庫)を読んでいたおかげで一応基礎知識はあったのですが、授業がトロイア戦争に進み、イタリア人教師がヘクトルの魅力を熱く語るのを聞くうちに、登場人物たちのことをもっと深く知りたくなり、『イリアス』を読もうと決意したのでした。実際に手にして初めて知ったのは、『イリアス』はトロイア戦争末期のことを歌っているということ。戦争の始まりから終結までを歌っているのだと思い込んでいました。
 私が登場人物への興味をそそられたきっかけは、トロイア戦争勃発時の、アキレウスの逸話です。アキレウスの母親、海の女神テティスは、幼い息子の足首をつかんで、その水に触れれば不死になる川の水にひたしたことで知られていますが、トロイア戦争に行けば死ぬと予言されると、息子を女装させてスキュロス島へ送ります。そこへ行商人に扮したオデュッセウスがやってきて、女性向けの商品の中に武器を混ぜて見せると、アキレウスだけが武器に興味を示したので、正体がばれてしまいます。前述のイタリア語のテキストでこの部分を読んだとき、申し訳ないけれど、笑い転げてしまいました。だって、まるでコントですよ! 〈勇者アキレウス〉が女装しただけで、みんなが女性だと思い込むあたりも――女装したシルベスター・スタローンをだれもが女性だと信じて疑わなかったという某映画(タイトル不明)と同じく――かなり無理があるのではないでしょうか。まあ、そもそも、ギリシャ神話はありえないことだらけなので、いちいち突っ込んだりはしませんが、この人たちのことを深く知らずに人生を終えるのは惜しい!と実感したのでした。
 さっそく第1歌にアキレウス・ママのテティスが登場して、息子を助けます。アキレウスが当時何歳なのか知りませんが、スキュロス島ですでに一児の父となっています(女装していたのに?)。親にとって子どもは、何歳になろうと、子の親になろうと、永遠に子どもなのでしょうね……。今のところヘクトルびいきの私にとって、アキレウスは許せない存在なのですが、読み進めるうちに少しはその気持ちが変わるでしょうか?

コンビニたそがれ堂

オンライン書店ビーケーワン:コンビニたそがれ堂
『コンビニたそがれ堂』(村山早紀作/名倉靖博絵/ポプラ社)

   風早の街の 商店街のはずれに
   夕暮れどきにいくと
   赤い鳥居がならんでいるあたりで
   ふしぎなコンビニを みつけることがある
   といいます

 さくら子はラジオ局のアナウンサー。月曜日から金曜日の午後の番組を担当しています。最近少し疲れぎみで、ごはんを作るのも面倒だから何か買って帰ろうと思ったとき、偶然コンビニを見つけ、おでんとお稲荷さんと、それから、透明なガラスの玉の中に桜の花びらのようなものが散っているストラップを買いました。その翌日、ラジオのスタジオの窓から、大きな桜の木の下に小学生くらいの女の子が立っているのが見えました。もんぺ姿で、「疎開から帰ってきたのに、おかあさんが迎えにきてくれない」と泣いています。気がつくと、あたりがなぜか一面焼け野原に変わっていました。さくら子は女の子にチョコレートをあげて、「わたしが、さくら子が、ここで応援しているからね」と励まします。不思議なことはこれだけではありませんでした。(以上、「桜の声」)
 そのほか、受け取らなかったプレゼントをもらう「コンビニたそがれ堂」、捨てられてしまったリカちゃん人形を通してお母さんが子どものころに受けた心の傷を知る「手をつないで」など、全部で5つの話が収録されています。本当に探しているものがある人だけが、行くことのできるふしぎなコンビニ、たそがれ堂。長い銀の髪に金の眼をした店長さんは何者なのかも気になりますが、「ごま風味で、少し柚子の香りもして、ほどよくあまい」お稲荷さんが食べたくなりました。
 
 

大人のファンタジー読本

オンライン書店ビーケーワン:大人のファンタジー読本
『大人のファンタジー読本』(やまねこ翻訳クラブ編/マッグガーデン)
 そういえば、きちんと紹介していませんでした。11月30日、やまねこ翻訳クラブ編による『大人のファンタジー読本 未知なる扉をひらく180選』が出版されました。私は一応企画段階から関わってきたのですが、諸般の事情により(ファンタジーには疎いというのが最大の理由ですが)、書いたレビューは1本だけ。この本を水先案内人にいろいろと読んでみようかと思いますが、レビューを読んで実物も読んだ気になってしまいそうなのが怖いです。
 2000年に『月刊児童文学翻訳 1998年・1999年合冊版』を出したころには、私はまだ会員ですらありませんでしたが、こうやってやまねこ翻訳クラブの名前で出した本を手にしてみて、いろいろと考えさせられました。

のだめカンタービレ

 今シーズンのドラマは「相棒」と「のだめカンタービレ」を見ています。「相棒」は小2の次女Yと2人で、「のだめ~」は家族みんなで見ています。
 一応、原作は単行本16巻まで持っています。何度も勧められながらも、絵柄が苦手なので敬遠していましたが、読み出したらやはり面白い……。ドラマは月9ということで、「どうせ、ラブコメになるのよね」とあまり期待していなかったけれど、そうでもなかったのと、それから、やっぱり、クラシックを聴いていると心が潤うので、日々の生活の楽しみと化してしまいました。今週は、「のだめ~」のあとの「SMAPXSMAP」のゲストが、のだめ役の上野樹里さんと千秋役の玉木宏さんだったので、続けて見てしまいました。上野樹里さんは素顔ものだめそのもので、玉木宏さんも千秋のイメージそのままで、大笑いでした。来週最終回なのが残念です。
 この週末、近所のホールで行われるミニコンサートの演目にモーツァルトのオーボエ協奏曲を見つけ、そこに黒木君がいないことはわかっているし、そもそもモーツァルトはあまり好きではないのに、行きたくなってしまいました。
 原作のほうは、読みながらターニャのピアノに対する気持ちに、自分の仕事に対する姿勢が重なったりして、いろいろと考えさせられます。

補足
 「のだめは来週最終回」というのは私の思い込みでした。ちここさん、指摘してくださってありがとうございます。

六番目の小夜子

オンライン書店ビーケーワン:六番目の小夜子
『六番目の小夜子』(恩田陸作/新潮社)
 地方の進学校に謎めいた美人の転校生がやってきた。その高校には10数年にわたり、奇妙なゲームが受け継がれていた――サヨコと呼ばれる生徒が3年ごとに選ばれ、今年は6番目のサヨコが誕生する年だった。
 3年前、今中2の長女Nが小5のときに買ってやった文庫本(Nはあっという間に読破)。自分もいつか読もうと思いつつ、そのままになっていた。『夜のピクニック』がかなり好きなので、絶対好きなはず!と期待していたけれど、裏切られなかった。
 教育テレビのドラマは原作とはかなり違っていたことを今ごろになって初めて知った(ドラマは見ていない)。舞台は高校ではなく中学校で、鈴木杏演じるヒロインは、原作にはないオリジナルキャラ。でも、美人転校生役が栗山千明!というのはぴったりだったかも。

百まいのドレス

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『百まいのドレス』(エレナー・エスティス作/石井桃子訳/ルイス・スロボドキン絵/岩波書店)
 いつも同じ服を着ているワンダが「あたし、ドレスを百まい持ってる」と言い出してから、クラスの女の子たちはワンダをからかいはじめました。自分も貧乏なマデラインは、本当はこんなことやりたくないと思いながらも、仲よしのペギーがワンダをからかうので、やめられませんでした。
 1954年に『百まいのきもの』という名前で出版された本が、半世紀ぶりに改訳され、『百まいのドレス』と名前を変えて出版されました。訳者は前回と同じく、来年3月に百歳の誕生日を迎えられる石井桃子さん。訳者あとがきによると、戦後、日本を引き上げていく欧米人家族が残していった本を集めていた光吉夏弥さんの蔵書の中にこの本を見つけたそうです。船で太平洋を渡り、列車でアメリカ大陸を横断して、作者のエレナー・エレティスさんに会ったことなども書かれていて、石井さんの「子どもたちにいい本を届けたい」という強い思いが伝わってきます。春には「石井桃子さん100歳記念フェア」が計画されていると、さかなさんのブログで知りました。楽しみです。

プロフェッショナルということ

 昨日、久しぶりに長女Nとふたりで出かけた。スニーカーや服を買うのが目的。そういえば、誕生日のプレゼントに服を買ってやる約束だった(そして、誕生日は2か月前)。
 私に似て足の大きいNは、気に入った靴を見つけても、サイズがないことが多い。最初から24.5までしか製造していなかったり、入荷数が少なくて売り切れていたり。Nの同級生に、靴のサイズが25センチ以上の女の子が(私が知っているだけでも)3人もいるというのに。メーカーも販売店ももう少し現状を知って欲しいと思う。
 さて、今回も、気に入った靴があったののサイズがない!というのを繰り返し、絶望的な気持ちになりかけた。女性用はせいぜい25センチまでなので、同じデザインで女性用・男性用両方があるものを狙うことにしたが、それでも、一番最初に売れてしまうサイズらしくて、Nが欲しい色に限って在庫がない。サイズがあるかどうか私がたずねるたび、快く在庫を調べてくれていた若い男性の店員さんが、Nの好きそうなデザインのものを出してきて、「ほかの店なら在庫がありますので、送料無料で配送しますよ」と提案してくれた。店員さんが見本で出してくれた靴のサイズがぴったりだったので、同じサイズの青のを配送してもらうことにした。
 丁寧で愛想がよく、感じのいい店員さんだった。Nが「あの人、靴が好きで、人と接するのが好きなんだね」と言った。ある仕事をしてお金をもらっていれば一応プロといえるけれど、本当にそれだけでプロと名乗ってはいけないのではないかと私は感じている。でも、この店員さんはプロだと思う。

サンタの最後のおくりもの

オンライン書店ビーケーワン:サンタの最後のおくりもの
『サンタの最後のおくりもの』(マリー=オード・ミュライユ&エルヴィール・ミュライユ作/クェンティン・ブレイク絵/横山和江訳/徳間書店)
 ジュリアンはもうサンタクロースを信じていませんが、お父さん・お母さんに対しては信じているふりをしています。クリスマスの朝、ジュリアンは、欲しがっていた――お父さんたちが用意した――ゲームのほかに、汽車のおもちゃを見つけます。サンタクロースの落としたもののようでした。1年と1日たっても落とし主が現れなければジュリアンのものになるとお父さんが言いました。そして、1年が過ぎていきます。
 欲しかったゲームにはすぐに飽きてしまうのに、汽車にはどんどん愛着がわいていくようすが淡々と綴られています。終盤、少しはらはらさせますが……最後のページに、とても心が温まります。
 ジュリアンが何歳なのかはわかりませんが、誕生日がきて、「サンタがこない年になった」とあります。我が家の2人の娘の場合、長女は小1のとき、近所の方に「サンタなんていないの。大人がプレゼント買っているのよ」と教えられました。その方いわく、「こういうことは、きちんと教えないと」だそうですが、よその家のことはほおっておいて欲しかった……。次女もやはり小1だった去年、いろいろあってプレゼントを用意できなかったうちの母が「プレゼントなんて、毎年私たちが買っているんだから!」と逆ギレされて、真実を知りました。ある程度大きくなってもサンタを信じている子どもは、親の演出が上手なのですね。中学生のころまで信じていたという友人がいますが、サンタを信じていることイコール幸せな子ども時代という気がして、ちょっとうらやましく思います。

晩夏に捧ぐ

オンライン書店ビーケーワン:晩夏に捧ぐ
『晩夏に捧ぐ』(大崎梢作/東京創元社)
 元成風堂の店員で、今は実家に戻って地元の老舗書店に勤める美保に招かれて、幽霊騒動解決に赴いた杏子と多絵。事件の裏には27年前の人気作家殺人事件の謎があった。
 元書店員による、「成風堂書店事件メモ」シリーズ第2弾。前作『配達あかずきん』が面白かったので、続けて読んでみた。いわゆるミステリーで起こるような事件とは一味違う事件が起きる『配達あかずきん』のほうが全体としては好みだが、多絵のキャラクターなどは本作のほうがより掘り下げてあると思う。次回作は短編集らしいので、楽しみ。
 ネタバレになってしまうので、詳しくは書けないけれど、人にものをいうことの難しさを改めて感じた。以前参加した翻訳の勉強会の注意事項に、「訳文を批判されたからといって、自分の人格を否定されたように思わないこと」というようなことが挙げられていたが、実際のところはなかなか難しい。自分が好きなもののことを、自分は好きでないとほかの人に言われただけで、傷ついてしまう人もいるのだから。社会人になって、「自分と違う考え方をする人とも理解し合える」ということを知ったのだけれど、その後、社会経験が増えるにつれて、「自分と違う考え方をする人を受け入れられない人」というのが実に多いことにも気がついてしまった。言い方の問題もあるのかもしれなけれど、本当に難しい。

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